明治大学国際日本学部シンポジウム「メビウス∞描線がつなぐヨーロッパと日本」

明治大学国際日本学部シンポジウム「メビウス∞描線がつなぐヨーロッパと日本」

2009 年 5 月 9 日(土)に、明治大学国際日本学部シンポジウム「メビウス∞描線がつなぐヨーロッパと日本」(入場無料)が行われ、チラシには以下の紹介がありました。

世界中のアーティストに衝撃を与えたマンガ界の巨匠・メビウス

このたび、明治大学国際日本学部では、京都精華大学と協力して、フランスからジャン・ジローことメビウス氏を日本に招くことになりました。

世界中のアーティストから尊敬を集めるメビウス氏は、日本でも、宮崎 駿や大友 克洋、谷口 ジロー、松本 大洋、寺田 克也…といった作家に大きな影響を与えたことで知られています。

東京でのこのシンポジウムでは、メビウス氏とともに、『PLUTO』『20 世紀少年』などの人気作で知られ、メビウス氏の大ファンでもある浦沢 直樹氏と、マンガコラムニストであり学習院大学大学院教授でもある夏目 房之介氏をゲストに迎え、これまであまり知られていなかったヨーロッパのマンガと日本のマンガの相互関係について考えていきたいと思います。

メビウス (Moebius)
1938 年、パリ郊外で生まれる。
本名はジャン・ジロー (Jean Giraud)。
こちらの名は、『ブルーベリー』をはじめとした西部劇ものにもちいられ、メビウス名は主に SF 作品で使われる。
日本への影響も大きく、かつて手塚 治虫はみずからメビウス来日を実現させ、宮崎 駿が日本の「マンガ界の多くの人間たちを代表して」、感謝の気持ちを伝えたほど。

1970 年代半ば、仲間たちと共に革命的 SF マンガ雑誌「メタル・ユルラン」を創刊。
そこに掲載された『アルザック』によって、それまでのマンガについての概念を一気にぬりかえた。
ほかの代表作に『回り道』『気狂いバンダール』『ジェリー・コーネリアスの密閉ガレージ』『B 砂漠の四十日』など多数。
自身について語った本に、『メビウス/ジロー 二重の自叙伝』がある。(以上すべて未訳)

また、『ザ・ロング・トゥモロー』は映画『ブレードランナー』の源泉のひとつとなり、『エイリアン』『トロン』『フィフス・エレメント』などへは実際に制作に参加するなど、映画とのつながりも深い。
『アルザック』は『アルザック・ラプソディー』というタイトルでみずからアニメ化もしている。
公式 HP http://www.moebius.fr/
浦沢 直樹(うらさわ・なおき)
1960 年東京生まれ。
83 年『BETA!!』でデビュー。
以来、担当編集者の長崎 尚志とともに『パイナップル ARMY』『MASTER キートン』など海外を舞台とした骨太な作品を連載する一方で、コミカルな味を持った『YAWARA!』『Happy!』などでも人気を得る。
『MONSTER』と『PLUTO』で二度の手塚治虫文化賞大賞を受賞したほか、『YAWARA!』『MONSTER』『20 世紀少年』で三度の小学館漫画賞、『20 世紀少年』で講談社漫画賞、『20 世紀少年・21 世紀少年』で日本漫画家協会賞大賞を受賞するなど、受賞歴も数多い。
また、『20 世紀少年』はアングレーム国際マンガ祭で最優秀長編賞を受賞しており、海外での評価も高い。
『PLUTO』がこの 4 月に完結し、現在は『モーニング』誌で『BILLY BAT』を連載中。
夏目 房之介(なつめ・ふさのすけ)
1950 年東京生まれ。
青山学院大学卒。
エッセイ、マンガ、マンガ批評など。
1999 年、マンガ批評への貢献により手塚治虫文化賞特別賞受賞。
同年パリを初め欧州各地での国際交流基金主催「現代日本短編マンガ展」監修。
2008 年より学習院大学大学院教授。
著書に『手塚治虫はどこにいる』『マンガに人生を学んで何が悪い』『漱石の孫』など多数。
祖父は夏目 漱石。
司会:藤本 由香里(ふじもと・ゆかり)
1959 年熊本生まれ。
評論家・明治大学国際日本学部准教授。
専攻は「マンガ文化論」。
07 年まで筑摩書房で編集者をする傍ら、コミック・ジェンダー・社会風俗などについて評論活動を行う。
国際日本学部開設に伴い、08 年 4 月より現職。
手塚治虫文化賞・講談社漫画賞選考委員。
日本マンガ学会理事。
著書に『私の居場所はどこにあるの?』(朝日文庫)など。

「ユリイカ」2009 年 7 月号でも特集が組まれていますが、シンポジウムの内容を以下にまとめます(敬称略)。

  • 「ブルーベリー中尉」(原題 "Blueberry")は西部劇(メビウス)
    • 第 2 次大戦後、世界的に西部劇が流行し、フランスも例外ではなかった
    • どうして西部劇を選んだのか、自分でも 20 年間問い続けている
      1. 第 2 次大戦後、西部劇を含むアメリカ文化がフランスへ輸入された
      2. アメリカ人はヨーロッパからの移住民である
      3. 西部開拓は 19 世紀中頃の技術による征服である
    • 最新作「インサイド・メビウス」(原題 "Inside Moebius")では、アパッチ族ジェロニモの抵抗を描いた
      • アルカイダも近代への抵抗
    • フランスは、西部劇マンガを作っている唯一の国
      • 3 つか 4 つある
  • 16, 17 歳をメキシコで過ごした(メビウス)
    • 1950 年代のメキシコには、西部劇の世界が残っていた
  • 1975 年、仲間と共に「Metal Hurlant メタル・ユルラン」創刊(メビウス)
    • 「アルザック」(原題 "Arzach")発表
    • バンド・デシネ(フランスのマンガ)を普及させる目的があった
  • 1984 〜 1989 年はアメリカに滞在した(メビウス)
    • アメリカ文化は、甘くて魅力的だった
    • スタン・リーの原作で「シルバーサーファー」(原題 "Silver Surfer")発表
      • スタン・リーは典型的アメリカ人
  • 絵の学校に入った 17, 18 歳の頃、アートとバンド・デシネのどちらに進むか迷った(メビウス)
    • 当時のバンド・デシネは子供向きで、親の監視の対象だった
    • フランス文化が変化する時期でもあった
      • 大衆映画が席巻していた
    • アートとバンド・デシネの融合を考えるようになった
  • 西部劇の「ブルーベリー中尉」はジャン・ジロー名義で、SF の「アルザック」はメビウス名義(メビウス)
    • ジャンルの違いではなく、アートとバンド・デシネを繋ぐ過程で生まれた
    • 全てが実験で、表現の自由さを得ようとした
    • 自己表現と市場の要求のバランスを取るのが面白い
  • フランスへ行く度、メビウスの本を購入する(浦沢)
    • 手塚 治虫でマンガに触れ、1960 年代に「巨人の星」「あしたのジョー」があったが、高校後半の日本マンガは深いところに突き刺さらなくなった
      • 1978 年頃はバンド活動もしていて、マンガは違うかな、と感じていた
      • 「彼女の想いで…」(大友 克洋)所収の「Fire-Ball」が 1979 年に発表され、雑草社「ぱふ」の評論で 1 コマだけ見て「何だ?」とドキドキした
      • ツルモトルーム「STARLOG スターログ」日本版でメビウスが紹介され、自分の好きな絵があった
  • 昨日からテンションが上がっている(夏目)
    • 1970 年代末、アメリカの雑誌「Heavy Metal」(「Metal Hurlant」の英訳)に「アルザック」が掲載されていた
      • 貧乏だったから、洋書屋ではなく古本屋で購入した、と思う
      • 有機的な陰影がユニークだった
      • SF やファンタジーでありながら古い車が登場し、現在の鳥山 明に通じるものがあった
      • 言葉(聴覚)ではなく絵(視覚)で語る確信を感じた
    • 1960 〜 70 年代の日本は、若者文化が発展した
      • 日本に限らず、先進国では世界的な現象
    • 1972 年、ツル・コミック社「Woo」創刊
      • 海外コミック専門誌で長くは続かなかったが、マンガ青年は目敏く見付けた
    • 少年画報社「ヤングコミック」も海外コミックを紹介していて、必読だった
      • 宮谷 一彦/平田 弘史/谷口 ジロー/大友らも掲載されていた
    • 「彼女の想いで…」(大友 克洋)所収の「FLOWER」には、メビウスの影響が見られる
    • メビウスの影響を大友経由で受けたマンガ家もいる
    • 「陽だまりの樹」(手塚 治虫)には、メビウス線がある
      • 手塚は「メビウスクモ」として、アシスタントに指示していた
    • メビウスの絵には、線を超えた何かがある
      • 「絵の思想」とでも言うべきか
      • 言語化が難しいが、表現の無限の可能性
    • フランス語はできないが、「インサイド・メビウス」は面白そうなので日本語版を出版してほしい
  • 手塚と日本マンガ(メビウス)
    • 手塚をアングレーム国際マンガ祭に招待した(台詞逆輸入注:1982 年 1 月 27 日〜 2 月 1 日)
      • 友好的に近付いて来た
      • 当時のフランスでは細かい絵が求められていたし、日本マンガは知られていなかったので、手塚の絵は簡単だ、と思った
    • 1982 年か 1983 年に手塚の招きで初来日(台詞逆輸入注:1982 年 7 月 27 日〜 31 日の日本滞在確認。前後数日滞在した可能性あり。手塚は 27 日の京都・奈良観光に同行し、31 日に池袋で行われた来日記念シンポジウムに出席)
      • 手塚の作品やスタジオを見せられ、アニメ「火の鳥」に衝撃を受けた
      • スクリーントーンの使用・エロティックな作品・書店に並ぶマンガの多さにも驚いた
      • 大友作品(「AKIRA」以前)に驚き喜び、大友の描く機械が革命的だったことは「AKIRA」で証明された
      • 大友に自分の影響があっても、大友は大友
      • 帰国後、日本マンガについて編集者に語った
    • 「孤独のグルメ」(作:久住 昌之/画:谷口 ジロー)は素晴らしい
  • メビウスの絵に「何となく」の線はない(浦沢)
    • 綺麗なだけでなく、揺らぎや震えさえも司っている
    • デッサンやマンガの下書きに使われる丸に十字線は、時間が掛かり楽しくない
    • 日本のマンガは大量生産であり、求めている絵をアシスタントに伝えられない
      • 違う絵が上がるよりは資料写真のトレースがいいが、資料写真に頼りすぎている
  • メビウスの絵はモーツァルトの曲の様で迷いがない(夏目)
    • 絵の下手な人はデッサンを使い、言うなれば記号的
      • パターンを覚えれば誰でも描けるので漢字と似ており、最たる例は「へのへのもへじ」
    • アートとバンド・デシネの融合 = メビウス線と記号の融合 = マンガ
    • 大友や浦沢のコマは映画のフレームだが、小池 桂一のコマには自由さがある
      • 前日(5 月 8 日)のメビウス 71 歳の誕生パーティーで、小池は「コマは音楽だ。何故なら時間だから」と言っていた
  • 空間と時間をどう操るかが仕事(メビウス)
    • 最初のページの最初のコマと最後のページの最後のコマの調和
  • 客席最前列にいたマンガ家 1:永井 豪
    • メビウスを知ったのは月産 400 〜 500 枚の頃で、衝撃は受けたが作風が固まっていたので、直接の影響は受けなかった
    • フランスでは、「UFO ロボ グレンダイザー」(永井 豪)のアニメが「Goldorak ゴルドラック」の題名で大ヒットした(台詞逆輸入注:平均視聴率 75 %/最高視聴率 100 %)
      • ナポリのトークショーで会ったとき、「『ゴルドラック』のお蔭で SF 作品を描きやすくなった」と言われた
    • 日仏のマンガ家が刺激し合って、新しい才能が生まれるだろう
  • 客席最前列にいたマンガ家 2:谷口 ジロー
  • 客席最前列にいたマンガ家 3:荒木 飛呂彦
    • 谷口/大友/鳥山らが影響を受けているの知って、メビウスに入った
      • 言うなれば孫弟子
      • 線なのに立体感がある
  • 日本へは、愛にも似た関心があった(メビウス)
    • 映像作家や伝統的絵画(葛飾 北斎など)に興味があった
    • 来日は 4 回目だが、京都や東京で若い人と交流したことは忘れないだろう